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寒さにふるえた者ほど太陽をあたたかく感じる 人生の悩みをくぐった者ほど生命の尊さを知る

今週の一週一言 1 月26日~2月1日 寒さにふるえた者ほど太陽をあたたかく感じる 人生の悩みをくぐった者ほど生命の尊さを知る ホイットマン  ( Walter   Whitman ) 1819 年 5 月 31 日~ 1892 年 3 月 26 日 アメリカ合衆国の詩人、随筆家、ジャーナリスト。アメリカ文学において最も影響力の大きい作家の一人であり、しばしば「自由詩の父」と呼ばれる。 【如是我聞】 なぜこの言葉を選んだのか。後悔している。あまりに重くのしかかる言葉だ。辛くなる。  冬の寒い朝に自転車で学校に向かう途中、柔らかな陽が射す通りを走ると「やっぱり太陽って暖かいんだ」って思う。それまで肩にガチガチ入っていた力がすぅって抜ける。でも、それは一瞬喜んだだけだ。もっと暖かいものを私は知っているから。ヒートテックのシャツ、ダウンジャケット、ふわふわマフラーを身にまとった私を、さらに快適な暖房がかかった職員室がこれから出迎えてくれるのだ。太陽のありがたみなんて「そういえば暖かいよね〜」ぐらいの小さなものになり下がってしまっている。どうしようもない寒さに心底震えることってないんだ。寒ければコンビニ行って温かいコーヒーや味噌汁飲めばいい。ホットカイロを買えばいい。  だから、「人生の悩みをくぐった者ほど」ってあるけれど、「悩み」を「悩み」として受け取らず、適当にスルーして、自分をコンビニ的な喜びでごまかすことに慣れてしまっている「私」が人生とは?とか生命の尊さを語ることなんて難しくってできない(僧侶だけど)。想像の力を借りるしかないんだろうが、目の前のことをうまくやり過ごすことに精一杯のこの現状ではとほほである。はじめはなんとか語れると思ったんだけれどなぁ。親友が震災や戦争で亡くなっても、そのことが自分の問題となり切らない「私」である。日々の暮らしの中でごまかされ薄まっていく。このままでは、気がつかないうちに本当に大事なことを壊していきそうである。慎重にならないと。 (英語科:増田 亮) トップページへ  http://www.otani.ed.jp

はだかにて 生まれてきたに 何不足 小林一茶

今週の一週一言                1 月19日~1月25日 はだかにて 生まれてきたに 何不足 小林一茶( 1763 ~ 1823 ) … 化政期の俳人。不遇な生いたち、長い放浪、晩年の家庭苦などを独自の俳風で詠み、「庶民派の俳人」として今なお評価が高い(長野県でその名に接する機会の多さといったら!)。故郷柏原村(現信濃町)は野沢温泉村と同じく北信州の山中にある。 【如是我聞】   冬休みの間、我々が逗留している野沢温泉村の一角に「十王堂」はある。地獄の審判たちを祀った祠のことである。ほの暗い光の向こうから睨みつける閻魔王。笑いを浮かべる奪衣婆。他にも温泉を守る十二神将など、この村には容貌魁偉な御柱が多く在る。かくも恐ろしい神々に護ってもらわねばならぬほど、北信州の冬は過酷なのだ。 学生時代、宿のおかみさんに江戸期の古文書を見せてもらったことがある。こんなところにも人は住む。生まれ、成長し、仲良くし、いがみあい、子供を育て、死んでゆく。連綿と続く営みに思いを馳せると、目が眩むような心地がしたのを覚えている。 十王堂を出ると、数々のネオンと、食べ物屋、土産物屋が目に入る。ひところのスキーブームから思えばさびれているのだろうが、それでも多くの人々が談笑し、温かいおやつや土産物を買っている。近年は特に白人が多く、小雪とともに英語が舞う。   温泉では、世界各地から集まったおっさんたちの愚痴が響く。今冬の大雪について。続く地方の不景気について。欧州のスキー場のサービスの悪さについて。湯煙の向こうの声を聞きながら、ここ数日で聞いた部員たちの文句を思い出す。この雪で練習はありえない。板が滑らない。腰が痛い。手が凍る。しんどい。寒い。 そして思う。みんな、楽しんでるなあ、と。   一茶の句の中には、雪国の厳しさと生きる辛さを重ねて詠んだものが多くある。「人間は皆はだかで生まれてきたのだから、そのままで何も不足はないはずだ」というこの句は直接雪とは関係ないが、数々の生活苦を抱えてきた彼が、自分を励ますために詠んだものではあるだろう。 生きる辛さも、自然災害もなくなることはない。しかしそれでも我々は自分から望んで、わざわざ極寒の地に来て、この過酷なスポーツを楽しんでいる。まったく、なんて大変な贅沢